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湖北への旅。。。賤ヶ岳

紫陽花が色づきはじめた今日この頃。

,如何お過ごしでしたか?

娘一家がやっと(・・って、3年間だけでしたが。)アメリカから帰国して、なにかと忙しい管理人です。(笑)


が、先日、
例(?)の4人組(学生時代の4人組ではなく。。)と1泊の湖北(琵琶湖の北)旅行に行ってきました。

賤ヶ岳(しずがたけ)と竹生島。

賤ヶ岳は初めてです。 
標高421 メートルの山で、山上へはリフトで登り、リフトを降りてからは、かなり急な坂を上ります。


↓ 著莪の花(または、胡蝶花とも言います)が一面に。。。
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拙い一句。

         胡蝶花の一面にして古戦場       (coco1208)





賤ヶ岳といえば、有名な賤ヶ岳の戦いを思い出しますね。

1583年、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)と柴田勝家が、織田信長の後継者争いをするわけですが、この戦いは賤ヶ岳付近で行われ、勝利した羽柴秀吉がのちに豊臣秀吉となり天下を治めます。

こんな長閑で静かな場所で天下分け目ともいえる戦いが行われたとは驚きです。

賤ヶ岳山頂からは琵琶湖と余呉湖そして長閑な里も見えて、薫風が心地良かったです。


↓ 琵琶湖。小さく竹生島も見えてますね。(賤ヶ岳山頂より)
IMG_3056.jpg

↓余呉湖(賤ヶ岳山頂より)
IMG_3058.jpg

↓リフトの乗り口のある木之本町(賤ヶ岳山頂より)
IMG_3054.jpg

↓山頂にある戦い疲れた武将の像
IMG_3060.jpg


さて、
竹生島は3回目なんです。
でも、クルーズの航路が3通りもあるんですね。知らなかった!
今津航路と長浜航路は以前に乗っていて、今回はびわこ横断航路でした。
今津港を出港して、途中に竹生島に寄り、長浜港に入港します。

↓ 航路図
tikubu-pic-02.gif

↓今津港。この船に乗ります。
IMG_3019.jpg



↓船上より見た長浜城(長浜市長浜城歴史博物館)
IMG_3033.jpg



長浜城は羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)がはじめて築いた城。
長浜はもともと浅井氏の領地だったのが、浅井長政攻めの功で羽柴秀吉が信長より拝領したのです。
当時は今浜という地名だったが、信長の名より一字拝借して長浜と改名したそうです。
築城の際、小谷城(浅井氏)の資材を使い、城下町も小谷城下からそのまま移したとのこと。

ところが、1615年当時の城主(内藤信正)が摂津高槻に移るに至って廃城になり、長浜城の建物及び石垣の大半は、彦根城の築城の際に移されのですね。

現在の長浜城は昭和58年に再興され、市立長浜城歴史博物館として開館。
「秀吉の長浜城」を再興しようという市民の熱望によって天正期の城郭を想定し建築されたそうです。




↓ 落日に染まる琵琶湖(ホテルより)
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鹿児島への旅(1) 知覧特攻平和会館

4月も早半ばになり、久しぶりの更新ですが、
如何お過ごしでしたか?

管理人は、
3月末、鹿児島へと旅をしてきました。
2泊3日のツアー旅行です。  例(?)の学生時代の4人組で。。

鹿児島では知覧特攻平和会館を訪れていたので、

先日、4月7日の
「板津忠正氏死去」のニュースには本当にびっくりしました!
板津忠正氏は知覧特攻平和会館初代事務局長。

今年1月、TBSの「さんま、玉緒の夢かなえたろかSP」に、
板津忠正さんと奥様が出演されていましたね。
板津忠正さんの叶えたい夢は”女房孝行すること”。

特攻隊員だった板津忠正さんは、突撃隊として飛び立ったが、特攻機のエンジン故障により徳之島の海岸へ不時着。
突撃出来ずに心ならずも生き残ってしまったのです。
そのことに苦しまれた板津忠正さんは、戦後、すべての時間を亡き戦友のために捧げたといいます。
それは残された遺族に特攻隊員の最期を伝えること。
陸軍特別攻撃隊は1036人。
全員の遺族に亡き戦友の最期と真実を伝えるために、仕事のない休日は遺族捜しに費やされ、
お金も時間も家族のために使うのではなく遺族捜しのために使われたのです。
そして10年後、板津さんのもとには遺族から特攻隊員の遺影や遺書が集まるようになり、
特攻隊1036人のことが風化されることを危惧した板津さんは、特攻隊の基地があった鹿児島県知覧の地に
特攻隊員1036人の遺品を飾る施設を造ることが目標になります。
その目標を達成して、89才になられた板津さんの夢が「女房孝行すること」。

奥様はほんとに素敵な方で、ご主人の生き方を心より理解して支えられたのです。
奥様の希望は「板津さんと東京へ歌舞伎を観に行くこと。」
やっと「女房孝行」の夢を叶えられた板津さん。

番組ではとてもお元気そうだったのに。。。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。



↓ 知覧特攻平和会館
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知覧のある南九州市は桜が満開でした。

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↓ 三角兵舎
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IMG_2909.jpg

↓ 三角兵舎とは?
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↓ 開聞岳
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開聞岳は薩摩半島の南端に位置する標高924mの火山。
最南端には長崎鼻があります。

特攻隊員は、開聞岳を眼下に見て、日本国を守るために飛び立たれたのですね。
開聞岳の清楚な佇まいに、
明日突撃するという日のまだ少年の面影が残る隊員たちの写真の中の無垢な笑顔が重なりました。


知覧特攻平和会館  ←クリック下さい


拙いですが、一句です。


    七十年若き遺影の去年今年      (coco1208)
     

                         去年今年(こぞことし)は新年の季語。
                                               

↓ 長崎鼻の灯台
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↓ 長崎鼻より
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  2. 国内旅行

東京への旅~オペレッタ「こうもり」

東京スカイツリー、今日オープンですね~!


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            634メートルと世界一の高さを誇る自立式電波塔「東京スカイツリー」

5月11日~12日に東京に行った時に上野公園から撮ったものです。
東京文化会館で上演されたウィーン・フォルクスオーパーのオペレッタ「こうもり」を観劇するために東京へ行ったのですが、ついで(?)に仕事(夫ですが)も兼ねてなので前日の11日から東京入りです。

東京文化会館は上野駅の前にあるので、鶯谷に泊まって寛永寺から不忍池、西郷隆盛像などを見てきました。
東京へは何回か訪れていますが、上野は始めてです。

上野駅は思っていたより新しく、小さな駅でした。

       IMG_1053.jpg

            
            ふるさとの訛なつかし

            停車場の人ごみの中に

            そを聴きにゆく

                              (石川啄木)



で有名な駅であり、
また、井沢八郎さんのヒット曲「あゝ上野駅」でも有名ですね。
管理人は石川さゆりさんの「津軽海峡冬景色」の”上野発の夜行列車~”のほうが馴染み深いですが。。

最近、12年ほど前に放送されたNHK大河ドラマ『翔ぶが如く』(原作、司馬遼太郎)を視聴したところなので
西郷隆盛像もとても期待していたのですよ。


             IMG_1071.jpg

あ~!西田敏行さんの西郷隆盛役、よく似合ってましたね!

上野公園もとても広い公園です。

       IMG_1055.jpg

       IMG_1059.jpg


この上野公園の中に寛永寺の五重塔があって驚きましたが、現在の寛永寺は当時の広さの十分の一なのですね。
寛永寺のお堂の写真などを撮ったつもりでしたが、何故かデジカメに入ってないのです??

で、Wikipediaよりお借りしました。

300px-Kaneiji_2012.jpg
寛永寺根本中堂

240px-KaneijiPagoda1270.jpg
旧寛永寺五重塔(上野公園内にあります。)


寛永寺

開基(創立者)は徳川家光公、開山(初代住職)は天海僧正、本尊は薬師如来像です。
京の都の鬼門(北東)を守る比叡山に対して、「東の比叡山」という意味で山号を「東叡山」ともいうのですね。
1868年の上野戦争で主要伽藍を焼失しています。

ドラマ『翔ぶが如く』にも上野戦争のシーンがあります。幕臣や一橋家家臣の天野八郎らが彰義隊を結成して、徳川家菩提寺である上野の寛永寺(現在の上野公園内東京国立博物館)に集結するのですね。
彰義隊に手を焼いていた西郷隆盛(西田敏行さん)を見かねて、木戸孝允(田中健さん)は 長州藩より大村益次郎(平田満さん)を司令官にして派遣するのですが、大村益次郎の作戦で見事に鎮圧してしまうのです。
このあと西郷さんはもう自分の出る幕はないと思って鹿児島に一時帰郷します。

その彰義隊の墓の立て札です。

      IMG_1062.jpg


管理人は司馬遼太郎さんの「最後の将軍」を読んで、徳川慶喜公の身の引き方に感動したのですが、265年間も続いた江戸幕府の幕を下ろすのは、幕臣にとっては並大抵なことではなかったようです。特に大政奉還を成し遂げた慶喜公の家来は主君の処遇に対する心配もかなりあったことと思います。
西郷さんは後に”無血開城をしたので、江戸を焦土と化さなかったことがよくなかった”という言葉を遺されたらしいのですが、江戸の人々にとれば幸いだったことが、ゼロからの出発ではなかったということが日本にとってはよくなかったことなのでしょうか。


       IMG_1073.jpg
       不忍池です。

江戸幕府によって西の比叡山延暦寺に対応させこの地に寛永寺が建立されたのですが、開祖である天海僧正は不忍池を琵琶湖に見立て竹生島になぞらえて弁天島(中之島)を築かせ、弁天堂を作ったということです。

                               (Wikipediaより)

11日夜は弟夫婦が東京に暮らしているので、義妹が上野公園内の食事処”韻松亭”を予約しておいてくれました。とても古い日本家屋で、夜は庭に篝火も焚かれ風情がありとても素敵でした、稚鮎と筍のてんぷらがとても美味しかったです。^^

       IMG_1079.jpg

そうなのですね~。寛永寺の鐘楼も公園の中です。


さて、12日はオペレッタ「こうもり」です。

管理人はオペラやオペレッタには詳しくないのですが、夫がオペラファンで2年前に病気をしてからは積極的にオペラを観に行ったり、と言っても観劇料金が高いので、オペラのDVDを買ったりして観ています。
で、管理人はオペラ観劇の時だけ一緒に行きます。


オペレッタはイタリア語で”小さいオペラ”を意味するのですね。広辞苑によれば、”娯楽的要素が強く、軽妙な内容の歌劇”とあります。普通のオペラよりずっとセリフが多いです。そして喜劇が多いです。

ウィーン・フォルクスオーパーは、オーストリア・ウィーンにある歌劇場です。ウィーンではウィーン国立歌劇場に次いで2番目に大きな歌劇場らしいのです。劇場名の「Volksoper」(フォルクスオーパー)とは「大衆オペラ座」のような意味のようです。         

観劇では眠くなったことがないのですが、今回の「こうもり」の1幕では何故か気がつけばこっくりと思わずに数回ねむっていました。><。
はじめの「こうもり」序曲がゆっくりと滑らかな演奏だったからのようです。家に帰って、動画サイトでウィーンフィルの演奏を聴くと感じがずいぶん違います。指揮者によってかなり違うのですね。ちなみに夫も気持ちよさそうにねていました。

http://volksoper2012.jp/koumori04.html       ウィーン・フォルクスオーパー 2012年日本公演

上のサイトに見どころ聴きどころ、詳しいあらすじ、今年の公演の動画もあります。クリック下さいね!

「こうもり」のあらすじです。(せっかく書いたので、このままUPにしておきます。ーー。)

1幕
ウィーンの富裕な銀行家アイゼンシュタインが、曾て仮装舞踏会の帰りに酔っぱらった友人のファルケ博士を扮装したこうもり姿のまま、道に置き去りして帰るのですが、それ以後ファルケ博士は”こうもり博士”と呼ばれるようになります。それで、ファルケ博士はアイゼンシュタインにいつかその仕返しをしようと機会を窺っていました。

ある年の大晦日にアイゼンシュタインは公務員を侮辱した罪で刑務所に入らなければならなくなるのですが、
ファルケ博士が来て、楽しいパーティがあるから刑務所に入る前にこっそり行こうと誘います。
もともと遊びが好きなアイゼンシュタインは喜んで、ロシアの大貴族オルロフスキー公爵のパーティに出かけるのです。

留守宅では、妻ロザリンデの元恋人のアルフレートがやってきて、ロザリンデが厭がっているのにも関わらず、
夫のようにふるまっています。そこへアイゼンシュタインを逮捕しに刑務所長フランクが来て、元恋人のアルフレートをアイゼンシュタインと間違えて連行してしまうのです。

2幕
パーティにやってきたアイゼンシュタインは自分の家の女中アデーレによく似た女性を見かけておかしいと思うのですが、仮面を付けた美しいハンガリーの貴婦人に心を奪われます。実はこの貴婦人はアイゼンシュタインの妻ロザリンデなのです。ファルケ博士が仕組んだのですね。妻だと知らないアイゼンシュタインは口説きますが、妻ロザリンデは口説かれながら、浮気の証拠となるアイゼンシュタインの懐中時計を奪います。

3幕
次ぎの日、元旦ですが、酔いの残るアイゼンシュタインは刑務所に出頭してくると、もうすでにアイゼンシュタイン(間違えられたアルフレートです)は牢屋に入っていると言われるのです。そこで、アイゼンシュタインは弁護士に変装して様子をうかがいます。すると妻ロザリンデが来てアルフレートを牢屋より出して欲しいと弁護士に扮装したアイゼンシュタインに相談するものだから大変です。怒ったアイゼンシュタインは妻を責めますが、妻ロザリンデは懐中時計を取り出して昨夜のことを話します。アイゼンシュタインは困って言葉をなくすのですが、ファルケ博士がやってきて、みんな自分の仕組んだことだと経緯をばらすのです。これで、めでたしめでたしです。

他愛のない話しなのですが、それぞれのキャラクターが面白く、セリフも多く、歌もヨハン・シュトラウス2世の軽快なウィンナ・ワルツの親しみやすいメロディーでとても楽しいです。
そして、2幕のオルロフスキー公爵邸のパーティでは劇と関係のないコンサートやバレエが行われたりもします。面白いアドリブも多く観客の笑いを誘ったりします。家にあるDVDではパーティでコンサートをしてましたが、12日の公演ではバレエでした。

大晦日のパーティを軸としていることからも、特にドイツ語圏の歌劇場では、年末年始の定番レパートリーとなっているようですね。



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宮崎県高千穂町の楽しい里神楽

先程、NHKで「ニューイヤーオペラコンサート」が放送されていました。

夫は吉田拓郎さんのファンですが、大のオペラ好きでもあるのです。
彼の夢はバイロイトで、元小泉首相のように”さまよえるオランダ人”を観劇することらしい
のです。

その「ニューイヤーオペラコンサート」で”主よ~~”という歌われているのを聞いて、
日本の”主”に該当するものは何かな~とボーと考えていたら、3年ほど前に旅行した宮崎県
高千穂の里神楽(夜神楽)を思い出しました。
神楽とは神前で神を祀るために行われる神事芸能です。
宮中で行われるのを御神楽、諸国の神社で行われるのを里神楽と言います。

2008年の晩秋に別府温泉から宮崎県北端にある高千穂まで、車で旅をしたことがあるので
すが、別府温泉から高千穂まであんなに遠いとは思いませんでした!

何回峠を越しても高千穂に着かない不安!山里が見えて来たらホッとするのですが、そこを
通り抜け、また峠に向かい、峠を下りて、また峠。。車にカーナビは付いているのですが、
映像は山の中しか映ってません。

恐がり(良く言えば、危機管理が優れている?)A型の私は山中で日が暮れて、ガソリンが切
れてしまったらどうしたらいいのか。。。と心配ばかりしていました。
それぐらいに山中はすれ違う車も人も見あたらないのです。

何時間走ったのか、やっと村里が見えて、そこが高千穂と分かった時はホッとしたものです。
旅館で、近くの高千穂神社で里神楽(夜神楽)をやっていると聞いて、夕食もそこそこに駆け
つけました。篝火が参道を照らし、重厚な感じでしたが。。。

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高千穂神社


私も夫も里神楽(夜神楽)を見るのは初めてです。
里神楽とは神社の神楽殿で行われている芸能で、演者は仮面と装束を付けて、身振り手振りで
演じて、無言劇です。
そして、笛、大拍子、大太鼓などの演奏があります。

里神楽の演目には、『古事記』、『日本書紀』を題材とした神代神楽、『お伽草紙』を題材と
したお伽神楽があるらしいのですが、私たちが見たのは神代神楽でした。
”天の岩戸”から始まって、いざなぎのみこと、いざなみのみこともご出演です。
(広辞苑では"天の岩屋戸”と記されています。)


毎夜行われる里神楽(夜神楽)を見に行く人は少ないと思っていたのに、次から次へと人が
入ってこられ
ます。
そのうちに大きな座敷は座っている人でいっぱいになり、立ち見の人も出る有様です。

神楽というと重々しい感じがするのですが、全く反対でとても面白いです。
セリフはなくても神楽男の足の動き、手の動きが面白いのです。
そのうちにいざなぎのみことが舞台から下りて、女の人たちに抱きついていきます。
どうも、いざなぎのみことに抱きつかれたら妊娠することが出来るらしいのです。
それで、若い女の人を中心に抱きつきますが、私もついでに抱きつかれ、喜んでしまいました!!

711_kk_02a.jpg
里神楽(夜神楽)です。




   旅人もやんややんやの神遊び  (coco1208)


その時の情景を俳句にしたのですが、本当に賑わっていました。
神遊びは夜神楽と同じ意味で、冬の季語です。

さて、翌朝、高千穂神社に行くと、昨夜の賑わいは何処へ。
深閑とした神社でした。


この高千穂町は日本神話においては、ニニギの天孫降臨の地とされ、またアマテラスがこもった
とされる天岩戸が町内にあるので、見に行きました。(天岩戸は他の地域でもありますが)


280px-Takachiho-gorge.jpg

高千穂峡です。

峡谷は貸しボートで遊覧できるようになっており、峡谷に流れ落ちる日本の滝百選の一つである
「真名井の滝」の至近まで近づくことが出来ます。

230px-Takachiho_Gorge_by_boat.jpg
「真名井の滝」です。

神話によれば天村雲命(あめのむらくものみこと)という神が天孫降臨の際に、この地に水がな
かったので水種を移し、これが天真名井として湧水し、滝となって流れ落ちているといわれて
います。
夏場は午後10時まで滝周辺がライトアップされ幻想的な雰囲気を出しています。
(Wikipedia参照)


ブログを当時はするとは思わなかったので写真はないので、Wikipediaよりお借りしました。
昼間でも高千穂峡は良かったのですが、ライトアップされたら、本当に幻想的だと思います。





 

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奥琵琶湖

秋の奥琵琶湖

110827_1050~01


日本一大きい湖の琵琶湖、10年ほど前に能登へ旅行した時、JR湖西線から見る琵琶湖は          海岸線を走っているのかと見まがうほど大きかった!
今回は学生時代の熟女(?)4人で桜の名所マキノへとドライブしてきました。
秋なのでもちろん桜は咲いていないですが。。

白鬚神社110826_1513~01


琵琶湖大橋を渡って、湖西道路を少し走ると左に謡曲”白鬚”で有名な神社が見えてきます。


110826_1511~01


神社から見た琵琶湖!おお!鳥居が見えます。
神社に立て札があり、最初と最後あたりをカメラに収めました。



110826_1514~01



110826_1514~02



マキノに着くとドライバー役を引き受けてくれた友が竹生島へ行きたいというので遊覧船でゴー!!
2回目の竹生島、数年前は春の季節、長浜からの乗船でした。


110921_1329~01


竹生島の宝厳寺には観音さま、そして日本三弁天のひとつであられる弁財天像が安置されてます。
竹生島明神が祀られている神社で土器(かわらけ)に願いを書いて、鳥居のある湖に向かって土器を投げ、
土器が鳥居を越えると願いが叶うと言われてますが、鳥居を越えるのは容易ではありません。
前回は鳥居を越えるどころかかなり手前、それも左のカーブです。
今回はなんの願いにしょうかな?なんて思いながらわくわくと書きました。
惜しい!!鳥居のほんの手前で落下です。(ーー。)
秋の湖はとても素敵です。豊かで、大気が澄んでいて、穏やかで。。。そう、このブログ名であるセレーノです。






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